2008年09月17日

中世飯田城と近世飯田城

飯田城は、室町時代に坂西(ばんざい)氏によって築かれた後、改修が繰り返されて次第に大きくなったと考えられています。
飯田市美術博物館が建設されるときに行われた二の丸跡の発掘調査では、江戸時代以前に埋め立てられた古い空堀が見つかっています。江戸時代の絵図に見られる近世の飯田城とは曲輪のつくりが違う中世の城があったことがわかります。恐らく坂西氏時代の城と思われます。

その後、武田氏時代には当然伊那谷支配の拠点にふさわしく整備されたことでしょう。つづく毛利・京極氏の時代には、織豊系城郭プランによる大改修が行われて城の範囲も拡大したと考えられます。城下町も背後の台地上に本格的に整備されるようになりました。そして、こうした整備は小笠原氏や脇坂氏へと引き継がれたのでした。

【飯田城ガイドブックより】

posted by 三宜亭本館 at 18:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 飯田城 歴史探訪 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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