2010年09月07日

【女将の一言】 川本喜八郎先生ご逝去

kawamotosensei.png飯田市にとってとても大切な川本喜八郎先生が去る9月23日に亡くなられました。
85歳でした。
この飯田の地を、先生の人形にとっての住処として認めてくださり、「川本喜八郎人形美術館」をつくり、人形とともにこの地と文化を愛してくださいました。

飯田にお越しくださると当館にご宿泊くださり、いつもニコニコと気さくに誰にでも優しい温かいお言葉を掛けてくださいました。
皆、川本先生が大好きでした。

世界的に有名な先生ですが、日本ではご功績に対してその評価が小さ過ぎると感じていました。
今日、先生のご逝去を知り神奈川県から記帳に来られたという方が、
『先生は本当に素晴らしい方でした。残念でならない…。』
と言って、感慨深げに当館の玄関に置いてある三国志のフィギュアの写真を何枚も撮って行かれました。このフィギュアは、先生がこれをご覧になって
『これじゃあ駄目だよ。』
と仰って人形の手の位置、軍配の持ち方、槍の持ち方などを先生自ら直してくださったものです。
ですから、今となってみるととても貴いものなのです。

人形を通じてこの飯田市を知ったというその方は、
『私は自分の住んでいる市の市長さんは知らないけれど、川本先生の人形を通じて飯田市の牧野市長さんは知っています。「是非今後も更に川本喜八郎人形美術館を大切に維持し発展させて行って欲しい。」と市長さんに伝えて欲しい…。』
と仰ってお帰りになりました。私もまったく同感です。この貴重な先生の作品は、先生の思い出とともに飯田市の宝として飯田市に住む私たちが守り立てて行かなくては…と心に深く思いました。

出来る事なら、先生には今後も時々この飯田の地に来ていただきたいと願うのは私だけでしょうか。
(ボディーを持たない先生は、今までよりずっと自由に何時でもこの地に来られるはずですから…。)

写真:平凡社 別冊太陽 川本喜八郎 人形―この命あるもの―より

女将
 児島敏子

posted by 三宜亭本館 at 12:51| Comment(0) | TrackBack(0) | スタッフ日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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