2006年12月24日

飯田城内を歩こう 【二の丸】

ninomaru.jpg美術博物館などがある一帯の曲輪です(追手町2丁目)。 
二の丸御門(八間門・二ノ門)をくぐると、本城道(大通り)がまっすぐにのび、本丸近くに冠木門(かぶきもん)をもつ枡形がありました。
脇坂氏時代には、大通りの両側に重臣の家老や御典医の屋敷が建っていて、北側の一画には3間×6間(約5.4×10.8m)の大きさの城米倉(じょうまいぐら)、南と北の崖ぎわには櫓が2棟ありました。

江戸時代の終わりごろになると、堀氏の家老安富家の屋敷(本城道南側の西半分)のほかは、多くがお花畑となり、櫓も南の1棟のみとなりました。先の城米倉は宝蔵として使われましたが、1976年(昭和51)までその建物が残っていました。

なお、二の丸跡の美術博物館用地には、1884年(明治17)に郡立下伊那中学校が移って以来、1982年(昭和57)に飯田長姫高校が鼎へ転出するまで、飯田中学(飯田高校の前身)、長姫高校(飯田商業学校)などの学校がありました。

 【飯田城ガイドブックより】

posted by 三宜亭本館 at 20:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 飯田城 歴史探訪 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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