2007年01月16日

飯田城内を歩こう 【桜丸】

sakuramaru.jpg現在、長野県飯田合同庁舎が建つあたりの曲輪です(追手町2丁目)。桜丸御門(赤門)を正面の入口として、白塀と御亭堀(おちんぼり:水堀)で区画された内が、桜丸(桜の丸)でした。
桜丸御殿は、脇坂安元が安政を養嗣子に迎えるために建てられた屋敷です。このとき安元は曲輪内に多くの桜を植えたため、桜丸と名付けられたといわれます。曲輪の東端にある夫婦桜と呼ばれる古木などが、その名残をとどめています。
堀氏の時代になってからは、若殿の御殿や隠居所として利用されました。後に、本丸御殿が杉の大木のため薄暗く、奥まっていて不便なこと、1855年(安政2)10月の大地震で大破したために、かわりに桜丸御殿で政務を行うようになりました。

飯田城跡にただ一つ残る建物である桜丸御門(赤門)は、1754年(宝暦4)に建てられたものです。そのほかの屋敷の様子は、残っている平面図から詳しく知ることができます。東南すみには茶室、東すみには青霞楼という建物があったことなどがわかります。
なお、桜丸跡には、1872年(明治5)に筑摩県の郡役所になって以来、役所や裁判所などがおかれました。

【飯田城ガイドブックより】
 
posted by 三宜亭本館 at 10:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 飯田城 歴史探訪 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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