2007年03月18日

飯田城と伊那谷

飯田城の歴史をみると、武田信玄・織田信長・豊臣秀吉・徳川家康といった、日本の歴史上で大変有名な武将たちの名前が登場します。彼らは、この伊那郡の支配をめぐって争い、そして有力な家臣を飯田城において治めさせたのでした。それは、当時この地がいかに重要だったかを物語っています。

飯田は信濃(長野県)や東日本への玄関口にあたり、伊那谷は西日本と東日本のほぼ中間にあって、両者をむすぶ回廊の役割を果たしてきました。それは戦国時代や江戸時代に限らず、古くは縄文時代から弥生・古墳・奈良・平安時代、中世についても同様でした。

また、天竜川の東西に南アルプス(赤石山脈)・伊那山脈と中央アルプス(木曽山脈)がそびえて山深い伊那谷は、豊かな森林資源を持つ、大変重要な地域でした。江戸時代のはじめには榑木成村(くれきなりむら)といって、年貢を米ではなく、材木(榑木)で納めた村々があったほどです。

【飯田城ガイドブックより】
posted by 三宜亭本館 at 19:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 飯田城 歴史探訪 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック